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自分の専門外の法だけど、面白い論文を見つけた。 UP4月号の内田貴教授の「法科大学院は何をもたらすのか または 法知識の分布モデルについて」という論文。 自分は法科大学院とはあまり関係のないところで学んできているので法曹教育そのものについては何もコメントできないけれど、法化大学院が抱えている問題意識が少し理解できた気もする。というか関係ない分野のことだけどかなり面白かった。たぶんそれは以下のような提起がされていたからだろう。 質の高い教育が法科大学院で実施され,受験準備に忙殺されることなく幅広い勉学の機会を与えられた法曹が順調に養成されるようになった暁に,日本の社会に何がもたらされるかである.このような問題点というのは「公共政策」問題として捉えることが可能となるので個人的な関心領域にヒットしたのだと思う。 たとえば行政改革会議最終報告から内田教授は以下のような点を指摘している。 つまり,事前規制から事後監視・救済型社会への転換のためには,司法サービスをサポートするための十分な数の法曹が必要とされる,というわけである.ここにひとつの重大な政治的選択がある.国家の事前規制によって権利の侵害を防止するのではなく,事後の司法的救済によって権利侵害に対する保護を与える社会というイメージは,アメリカ型の社会をモデルとしたひとつの社会像であるが,それだけが唯一の可能な未来というわけではない.昨今,建築基準法違反事件を契機に,規制緩和の「影」の部分が語られているが,小泉構造改革を支持した日本の国民は,本当に,事後救済型の社会を選択したのだろうか. 司法制度改革は,日本社会を法知識についての集中型社会へと転換する選択をした.現在はまだ社会に多数拡散している法知識は,今後,法科大学院が定着するなら,次第にその質を低下させていくだろう.そして,法知識を法曹が独占する社会へと向かう.その影響は,やがて,じわじわと社会の様々な面に現れるに違いない.真っ先に直面しなければならないのが,中央・地方の公務員における法的リテラシーの低下だろう.とりわけ中央の官僚たちの法的資質が低下したとき,どのような影響が生ずるか.近い将来,その影響ははっきり観察できるに違いない.司法制度改革による中央・地方の公務員の法的リテラシーの低下を事後救済型の社会という枠組みで捉えるとなるほどそのような問題意識もあるのかぁと。ただ官僚の法的リテラシーの低下というのをどの側面から捉えるのかでだいぶ見方が違ってきそうだ。もともとそんなに高度な法的リテラシーというのは官僚には必要ないのではと個人的には思ったりも・・・。(法律あまり勉強してないからこんなこというのだがw) しかしこれを読む限り内田教授はかなり今の日本の法曹教育に悲観的のようですねぇ。これほどの大物教授の現在の法曹教育にたいする考えを知ることができ、また今後の社会における法律リテラシーのあり方の論点を学べたのは参考になった。 多分この論文に関してはもっと法律に詳しい人が取り上げそうな気もするのでそれを参考にもう少し勉強してみます。 |
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[law][government]内田貴「法科大学院は何をもたらすのか または 法知識の分布モデルに...
「法知識の分布モデル」(@Koukyo政策大学院生の蹇蹇録4/10付)経由で面白い論文を読みました。webmasterが官僚というわが身の環境に照らして特に興味深いと感じたのは次の指摘です。 ...続きを見る |
bewaad institute@kas... 2006/04/11 05:06 |
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